『時代は再び第一次世界大戦前~日本よ、備えはあるか』
第24回
国民の祝日に関する法律が改正されて以来、本日、1月11日が成人の日となりました。
総務省統計局によると、今から20年前の平成8(1996)年の出生数は120万6,555人とのこと。対象となる成人者は年度を跨りますので、実際には若干の数字のずれが生じますが、ともあれ成人をお迎えになられました皆さん、誠におめでとうございます。
全国各地で、その自治体が主催する式典に出席され、首長などお偉い(!?)諸先生方からアリガタイご祝辞を頂戴することでしょう。
式典の間、アリキタリな祝辞に辟易としている皆さん、もしよかったらお手持ちのスマホでこのブログを読んでもらえたらと存じます。
私からは、以下のお手紙を紹介させて頂きます。なお( )内は余計なことながら三宅隆介の注釈です。
「御父さん、御母さん、愈々(いよいよ)隆茂は明日は敵艦目がけて玉砕します。沖縄まで〇〇粁(㎞)を翔破すべく落下タンクを吊り〇〇〇キロの爆弾を抱いた機が、緑の飛行場で武者震ひして自分の乗って呉れるのを待って居ります。明日会う敵は戦艦か? 空母か? それとも巡洋艦か?・・・・・・。きっと一機一艦の腕前を見せてやります。明日は戦友が待って居る靖國神社へ行く事が出来るのです。日本男児と生まれし本懐此れに過ぐるなし。御父さん、御母さん、隆茂は本当に幸福です。では又靖國神社でお会ひしませう。待って居ります。最後に、御両親様の健勝を切にお祈りいたします。」 『英霊の言の葉(8)』(靖國神社)より
この手紙は、昭和20(1945)年5月28日に、皆さんと同じ「20歳」という若さで沖縄で戦死され、ご英霊となられた陸軍少尉・瀬谷隆茂命がご両親に宛てたお手紙です。そうです。お手紙というよりご遺書です。
先の大戦に対する論評や、特攻という戦術の善悪はここでは関係ありません。
こうしたご英霊に感謝と哀悼の誠を捧げる心を、私たち日本国民は決して忘れてはならないと思います。
靖國神社の遊就館では、ペリー来航から大東亜戦争にかけての各種資料や歴史記述パネルが常設展示され、映像ホールでは靖國神社やご英霊に関する映画も上映されています。
もちろん、ご紹介したご英霊のご遺書やご遺品の数々も展示されています。ぜひ一度,、足を運ばれることをお勧めします。