ここのところ、地方行政では公共工事の入札不調が相次いでいます。
先般、川崎市でも等々力硬式野球場改築工事(建築)の一般競争入札が不調となりました。付帯工事である電気設備工事の入札も中止になるなど、工事内容を見直したうえで再度入札公告することになっています。
昨年夏ごろ、確か小田原市だったかと思いますが、市が計画している市民ホールの整備に関する一般競争入札が不調に終わり、そのニュースが大きく報じられていた記憶があります。
昨今の建設資材の高騰や人手不足によって、行政の求める設計単価では折り合いがつかなくなっているということです。
下のグラフをご覧ください。
我が国の公共事業のピーク(当初予算ベース)は1996年です。
前年の1995年には、あの武村正義大蔵大臣による、いわゆる「財政危機宣言」がありました。
バブル崩壊以降の日本経済は、僅かな右肩上がりではありましたが1997年まで着実に成長していました。民間部門は傷ついたバランスシートを修正すべく支出(投資・消費)を抑制していましたが、政府が需要創造することにより経済は成長していたのです。
そこにとどめを刺したのが、武村宣言です。1997年には消費税が増税され、国はもちろん地方行政においても緊縮財政がはじまります。以降、現在に至るまで我が国はデフレに苦しんでいます。
しかも、自然災害大国である我が国において、インフラを強化するための公共事業を削減するとはいかなる了見なのでしょうか。
例えば、フランスという国があります。この国は、強度な大陸の岩盤の上に国土が形成され、川は高大な平野を緩やかに流れ氾濫することなどはまず稀で、大地震などはほとんど経験のない国です。そのフランスのGDPに占める公共事業費と、日本のそれはほぼ同じ比率(GDPの約5%)です。
我が日本国は、火山帯の上に国土が形成されている世界でも稀な地震大国です。
津波もくれば、台風もきます。細長な国土に脊梁山脈から流れる河川はことごとく急流です。昨年に氾濫した鬼怒川の例をあげるまでもなく、堤防の整備と保全を行わなければ簡単に決壊します。北にいけば冬は豪雪。南にいけば夏は台風の通り道です。最近では竜巻まで発生しています。
こうした国で公共事業を削減することの意味がわかりません。
川崎市もこの十数年のあいだ、公共事業費を削減し続けています。
結果、建設関係の会社は減り、そこで働く職人さんたちの数も減りました。当然、職人さんがいなくなれば、そこで培われた技術力も失われます。
そこにきて、東日本大震災の復興需要や東京オリンピック関連の建設ラッシュが重なり、資材は高騰し、人手が不足するに至りました。
とはいえ、いったん減らした供給能力は簡単には復元できません。それがデフレの恐ろしさです。
伊勢や出雲の遷宮行事も、宮大工さんたちの技術力(供給能力)を維持継承させるための公益事業としての一面があり、これまで継承されてきました。
私たち日本国民は、こうした先人の叡智を受け継いでいかなければならないと思います。
断っておかねばなりませんが、日本の政府負債残高(対GDP比)が増えたのは、公共事業のやり過ぎなんかではありません。長引くデフレによって税収が不足してしまい、その穴埋めのために発行した赤字国債が増え続けているのです。公共事業の財源となる建設国債の発行残高はほとんど増えていません。
巷には、赤字国債の増発をもって公共事業の原資としてきたかのように言うおバカさんがいますが、赤字国債をもって公共事業の財源にすることはできません。
日本が「公共事業のやり過ぎで財政危機に陥った」というレトリックは、財務省が仕組んでいる印象操作でありプロパガンダです。
そうしたプロパガンダに何の疑問を持つこともなく、デフレ予算を組み続けているのが今の地方行政です。昨今の入札不調率の増加はそのことを物語っています。